経理AIの内部統制はどう設計する?作業と責任、証跡の分け方

読了 約8分 たびすけ
経理AIの内部統制と承認フローを表す記事のアイキャッチ

新規取引先の申請をAIにチェックさせていたら、1件だけ引っかかったものがありました。商号は申請どおり。ところが、入力されていた法人番号が、合併で閉鎖された法人のものだったんです。AIは国税庁の情報と照合し、閉鎖年月日と承継先まで添えて「要確認」に振り分けてきました。

この申請を差し戻すと決めたのは、AIではなく私です。判定を鵜呑みにしたわけではなく、閉鎖年月日と承継先を確かめたうえで決めました。根拠を集めて異常を見つける仕事と、会社として承認するかどうかを決める仕事は、分けて考えています。

経理にAIを入れる話は、「任せられるか、任せられないか」の二択で語られがちです。ただ、内部統制まで含めて考えると、この二択では足りません。繰り返し作業を誰に任せ、判断材料をどうそろえ、誰が承認し、どんな記録を残すか。そこまで決めて、ようやく運用に乗ります。

閉鎖法人はAIが見つけ、差し戻しは人が決めた

AIに任せられるのは、証憑の読み取り、形式検査、公式情報との突合、例外の抽出まで。業務の要件と例外時の方針を決め、承認や差し戻しを行うのは人。この2つをつなぐのが、入力データと判定根拠、実行ログという証跡だ。

連載「経理をAIに任せる」(全4回)

  1. 経理AIの内部統制はどう設計する?作業と責任、証跡の分け方(この記事)
  2. 新規取引先チェックをAIで自動化|合併で閉鎖された法人番号を見つけた方法
  3. 経費精算のレシートと明細を、AIに全部突合させてみた
  4. 会計ソフトのAPI比較|AI経理で確認したい4つの選定基準

この連載で書いた3つの実務は、どれも「根拠を集めて不一致を探す」ところまでは自動化できました。それでも、承認と差し戻しだけは人の仕事として残っています。

「経理はAIに任せられない」の中身

「経理はAIに任せられない」という声に、私は反論しません。仕訳や申告、承認、内部統制には責任が伴いますから、全部をまるごと自動化する前提なら、私も同じ判断をします。

ただ、1件の処理をほどいてみると、承認責任とは別に、毎回同じことを繰り返している作業がかなり詰まっています。

  • 証憑から金額、日付、登録番号を読む
  • 法人番号やインボイス番号の形式を検査する
  • 申請内容をマスタ、規程、過去実績と突合する
  • 不一致と低確信の対象だけを一覧にする

冒頭の閉鎖法人を拾ったのも、この種の突合と抽出の組み合わせです。決められたルールにAPI、OCR、AIを組み合わせれば、このあたりは自動化するか、判断の補助へ回せます。

一方で、業務の要件を決める仕事、例外を承認する仕事、処理結果に責任を持つ仕事は、人に残ります。金融庁が公表している財務報告に係る内部統制の枠組みでも、内部統制を整備して運用し、その有効性を評価する責任は経営者にあるとされています。AIを使ったからといって、この責任までAIへ移るわけではありません

入力、判定、証跡、承認の4層

どう分けるか。私が先に手を入れたのは、AIモデルの精度ではありませんでした。入口のデータがばらばらなままでは、モデルだけ賢くしても処理は安定しません。直したのは、業務をAIへ渡すときの形でした。

設計する内容確認すること
入力必須項目、選択式、コード、証憑形式表記ゆれや欠落を入口で減らせるか
判定計算式、マスタ突合、AI分類、確信度決定的処理と曖昧な判断を分けたか
証跡入力、参照元、判定根拠、実行時刻、結果あとから同じ判断を説明できるか
承認要確認条件、承認者、差し戻し、停止条件例外時に誰へ戻るか決まっているか

自由記述を選択式に変える、取引先名や科目の表記をマスタに寄せる、読み取れない証憑は例外としてそこで止める。どれも地味な準備です。ただ、これがあると、あとから「なぜこの判定になったのか」をずっと追いやすくなります

要確認だけが人へ戻ってくる流れ

実際の運用では、金額そのものをAIに考えさせていません。金額の計算や番号の検算は、答えが1つに決まるルールで処理します。AIへ回すのは、画像の読み取りや分類、複数資料の照合、例外理由の整理といった、曖昧さの残る仕事です。

新規取引先のチェックでは、法人番号と商号、インボイス番号、閉鎖状態を照合し、合併で閉鎖された法人番号を「要確認」にしました。経費精算では、テキスト層のある証憑なら機械でそのまま金額を突合します。画像しかない証憑だけをAI-OCRへ回し、分割計上や税率が混在するものは人が確認する流れです。

こうしておくと、人が全件を最初から読み直す必要はなくなります。根拠と一緒に上がってきた例外の確認に集中できるわけです。ただ、正直に言うと、手放しにはできません。確信度を「低い」と判断する基準は適切か。見逃しているパターンはないか。この2点は、運用が回り始めたあとも確認し続けます。

停止条件が先、確信度はあとから

「確信度90%以上なら承認」と数字だけで線を引くのではなく、金額不一致、登録番号なし、閉鎖法人、未定義の税区分といった「必ず人が見る条件」を先に置きました。確信度は例外を絞り込むための補助であって、承認責任の代わりにはなりません。

AI前提の内部統制と監査は、まだ読めない

ここから先は、制度の解説ではなく、実務でAIを使っている立場からの見立てとして読んでください。

上場企業のように統制要件が厳しい組織では、機密情報の扱いや職務分掌、監査人への説明、利用モデルの変更管理まで考えることになります。その分、AIの利用をすぐ全社へ広げにくい場面もあるはずです。逆に、統制する範囲が小さめの組織なら、業務を限定して試しやすいこともあります。規模や区分だけで一律に決まる話ではありませんが、どこまで説明し、誰が承認するかは、導入の速さに響きます。

制度の側も動いてはいます。2026年3月末に経済産業省が公表したAI事業者ガイドライン第1.2版には、AIガバナンスを継続して見直すためのチェックリストやワークシートも付いています。ただし、現行の内部統制や監査の制度で、承認責任がAIへ移ったわけではありません。

将来は、AIが残した証跡をどう評価するか、継続的にどう監視するか、AIそのものをどう統制するか、というところまで実務に組み込まれる可能性があると見ています。いつ、どんな制度になるかは断定できません。それでも、入力をそろえ、根拠とログを残し、例外のときに誰が承認するかを決めておく準備は、制度が変わらなくても役に立ちます。

全社方針より先に、業務1つの棚卸し

経理AIの内部統制を、いきなり全社方針から考え始めると、対象が広すぎて動きにくくなります。私なら、件数が多くて、いまの確認手順を説明できる業務を1つ選ぶところから始めます。

  1. 入力データと参照元を列挙する
  2. 計算、形式検査、マスタ突合を定型処理へ分ける
  3. AIに任せる作業を、分類、OCR、例外調査に分ける
  4. 必ず人へ戻す条件と承認者を決める
  5. 入力、参照元、判定、承認結果を記録する

冒頭の閉鎖法人に戻ると、あのとき役に立ったのは「AIが見つけた」という結果だけではありませんでした。国税庁の情報で閉鎖年月日と承継先を確かめて根拠を記録し、申請を「要確認」でいったん止め、最後に人が差し戻す。この一連の流れが切れずにつながっていたから、実務で使えたんです。

作業をAIに任せても、誰が決めたのかは曖昧にしません。内部統制はAIを使わないための仕組みではなく、根拠を残しながら使うための仕組みです。

制度とガバナンスの参考資料